現実 VS 理念|議論が「かみ合わない」理由とは?

現実と理念
目次

どこか似ている?2つの議論

介護施設をめぐる家族と親戚

とある家族が認知症の親を介護施設に入れるかどうかの検討していたとします。日々の介護の負担により、心身ともに限界を感じていたからです。ところがそこに、遠方に住んでいて日頃の介護に関わってこなかった親戚が口を挟みました。

いわく「親の面倒は家族が最後まで見るべき」と。

当事者である家族はもちろん、自分たちで出来るだけのことをやったうえで施設への入所を検討しました。それを親戚に伝えてみましたが、親戚は「親の面倒は家族が最後まで見るべき」と、最初の主張を繰り返すだけ。話は一向に進みません。

戦争と平和をめぐる議論

「戦争反対」を掲げる、とある日本人が議論の場を設けました。
彼の主張は「争いごとは話し合いで解決すべき」です。

その場に呼ばれた1人、ウクライナ人は今まさに母国が戦場になっています。
彼は「理想論を語る前に、今日をどう生き延びるかが重要」という話を始めます。

さらに、かつて海外の暮らしを礼賛していた日本人インフルエンサーが議論に参加します。
彼は以前「国という枠組みに縛られるのは時代遅れ」と語っていました。
ところがコロナ禍になると自分と家族を守るために日本に帰国、つまり母国に頼る道を選びました。

もうひとりの登場人物はフィンランド人です。フィンランドは長く中立を国是としてきましたが、隣国ロシアの脅威により、2023年にNATOによる集団安全保障へと舵を切りました。
「目の前の現実が変われば、その対応も変わる」という実例です

話している「次元」の違いとは

上に挙げた、介護と安全保障の話題は一見まったく別物です。しかし並べてみると、共通する構造が見えてきます。

それは、登場人物によって話している次元がそもそも違うということです。

現実と向き合っている側は、「今、現実にどう対応するか」という具体的な手段の話をしています。

一方、理念を語る側は、「本来どうあるべきか」という理想や原則の話をしています。

同じ「介護」「戦争」という言葉を使っていても、実際には別の会話をしているのです。だから議論は原理的にかみ合いません。

なぜ噛み合わない?すれ違う議論の構造

理想と現実:同じ言葉で別の会話をしている

次元の違いに気づかないまま議論を続けると、双方とも「相手が話をわかっていない」と感じます。

現実側は「理想論ばかりで現実を見てない」と苛立ち、
理念側は「なぜ本来あるべき姿を求めないのか」と感じます。

そもそも別の議論をしているのに気づいていないので、話は果てしなく平行線を辿るわけです。

自分事と他人事:コストを払わない人が理念を語る

もうひとつ、この二つの議論に共通する重要な構造があります。それは現実世界での負担、つまりコストを払っていない人ほど、原則や理念を語る傾向がある、ということです。

介護の場面では、実際に介護をしていない親戚のほうが、迷いなく「家族が見るべきだ」と言うことができます。日々の負担を背負っていない分、その大変さが自分事としてピンときていないからです。

安全保障の場面でも同じことが起こります。自身が戦場に立たされる可能性の低い人ほど、「戦争反対」という原則をためらいなく語れます。一方、現実の侵攻・侵略に直面している人は、理想を語る余裕そのものがありません。

ここには非対称な構造があります。

現実と格闘している人は、場合によっては自分の意に反した決断もしなければならない、という精神的な負担も含めたコストを支払っています。

一方、直接現実と向き合わなくて良い立場の人はそういったコストとは無縁で、だからこそ気高い理想を掲げることができます。つまり、現実と向き合っているがゆえに時には手を汚さざるを得ない立場の人に対して、道徳的には優位に立てるという構造です。

これは、どちらの人格が優れているかという話ではありません。立場によって語れる言葉の種類が変わってしまうという、構造がもたらす問題です。

先ほどのインフルエンサーのエピソードは、この構造を裏側から証明しています。彼はコストを払わない立場にいる間は理念を語っていましたが、コロナ禍で「自分と家族の命」というコストを支払わされるリスクに直面した時、理念を手放すことを選びました。

この方の場合、理念自体が間違っていたというよりも、コストを負担してまで理念を語るだけの覚悟はなかった、ということです。

かみ合わない議論に出口はあるか?

ここまでの話は「理念を語る人が間違っている」ということではありません。介護は家族が担うべきだという価値観も、戦争のない世界を望む気持ちも、それ自体は真っ当なものだからです。

ただ、自らができる範囲内での現実的な解決策を考えている人に対して、「こうすべきだ!」と押し付けるのは無理、あるいは無茶な場合があります。

議論の場においても、理念と現実という異なる次元の話を同じ土俵で戦わせようとしてしまうことには無理があります。例えるとすれば、陸上競技と水泳競技で「どっちが速い?」の議論をしているようなものです。

そこで、この「かみ合わない議論」に突破口を見出す方法としては
「ちょっと待って。今は理念と現実、どっちの話をしているんだっけ?」
と、相手を論破しようとする前に一度立ち止まって確認することが有効です。

たとえば介護については「家族(親族)が見るべき」という原則には賛成した上で、
「では義兄さんと義姉さん、それぞれ月に1回でも来て手伝ってくれる?」
という現実の話に議論を移すことができます。

そこで「いや、そんなこと言ったって、俺は忙しいし」のような話になったとしても、少なくとも今、自分たちは現実の話をしている、という共通認識に立つことができます。

安全保障の議論でも同じことが言えます。「戦争のない世界を目指す」という理念には同意しながら、「将来に起こるかもしれない、これこれの事態にどう備えるか」という手段の話を、理念とは別の次元の問いとして扱うことができます。

とはいえ現実の世界には議論を整理しようとしたところで、相手の意見を全く聞こうとしない人もいます。このような人の心の中はどうなっているのでしょうか?

論破しないと気が済まない人の心理とは?

現実と理念、いずれについて語るか整理したとしても、建設的な議論にならない場合があります。それは議論の参加者が相手を論破することに執着し、最初から相手側の意見を聞くつもりがない場合です。

実際「話せば分かる」と言いながらも相手の話を聞く気が無いという人は、残念ながら現実の世界では珍しくないようです。

そのような人の心理的な背景としては、大きく分けて2つのパターンがあると考えられます。

その①:社会的な立場上、意見を変えることができない

例えば、あなたが政治家だったとして、とある製薬会社から
「先生、外国で開発されたX薬が国内で認可されると、ウチの薬が売れなくなってしまいます。絶対に阻止してください!」みたいなことを言われ、政治献金を受け取っていたとします。

そうなると、あなたは表向きは公共の利益を第一に考えている体裁を取りながら、実際にはX薬が認可されないように国会などでの議論の場で全力を尽くす、ということになります。

こうなってしまうと、最初から相手側の意見(上の場合だとX薬の効能)を認めるつもりなど毛頭ないので、建設的な議論など望むべくもありません。

その②:自分のアイデンティティの都合上、意見を変えることができない

一方で、社会的な立場とは別に、意見を変えることができない、変える訳にはいかない、というタイプの人もいます。

例えば何かの健康食品について、「体にいい」「自然だから安全」といった触れ込みを一度信じ込んでしまうと、後から科学的な誤りを指摘されても、なかなか意見を変えられなかったりする人です。

このような人にとっては健康食品の説明文が科学的に正しいかどうか、ということよりも「大切な家族の健康のために食材にこだわっている私」というアイデンティティの方が往々にして重要です。

このため自分の意見がくつがえされそうになると全力で反論するか、相手の意見に対して耳を(あるいは心を)塞いで全く聞こうとしない、ということが起こります。

その人にとって、自分の意見への反論は自身への人格攻撃と同じなので、退くに退けなくなってしまうのです。

この「理念とアイデンティティが一体化してしまう」という心理は今回の記事では深追いせず、別の記事にまとめようと思います。ここではただ、そういう心理構造があるかもしれない、心の片隅にとどめておいて頂ければ幸いです。

大切なのは論破よりも見極めること

介護の家族と親戚、戦争と平和をめぐる人々。

まったく違う話題に見えて、「話している次元が違う」「コストを払っている人と払っていない人がいる」という、共通の構造がありました。

この構造に気づいたからといって、目の前の相手を説得できるとは限りません。特に、意見が利害やアイデンティティと結びついてしまっている場合、こちらがどれだけ論理的に語りかけても、相手の姿勢は変わらないことのほうが多いはずです。

ですが、この構造を知っておくことには意味があります。「なぜ話が通じないのか」がわからないままだと、人は苛立ちや徒労感だけを募らせてしまいます。一方、「ああ、今この人は自分とは違う次元の話をしているのだ」「あるいは、譲れない理由があるのだろう」とわかっていれば、同じ平行線でも、受け止め方は変わってきます。

すべての議論に白黒の決着をつける必要はなく、そもそも多くの場合では決着をつけること自体が不可能です。

それでも議論の構造を見極めることができるようになれば、日常で起こる意見のすれ違いに対して以前より対応しやすくなるはずです。

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