職場や学校での議論で言い負かされたり、ネット上のレスバで論破された後で、
「あの時、こう言い返せばよかった…」
と思うことはありませんか?
一方で、
「いや、私は議論では100戦100勝、必ず相手を論破できるから、そんなこと思ったことないよ」
という方は、逆に論破された方がどんな気持ちになっているかを考えたことがありますでしょうか?
いつも論破されてばかりという人は口下手だったり、相手の方が優秀という場合も、もちろんあり得ます。
ですが今回の記事では、もしかしたらあなたの真面目さ・誠実さが、あなたが議論で言い負かされてしまう原因になっているかもしれない、ということを解説してみたいと思います。
誠実な人ほど、不利な状況で戦わされている?
これは格闘技の試合に例えると分かりやすいと思います(多分)。
ボクシングの試合で、一方の選手はルール厳守、相手へのリスペクトを持って試合に臨む。
もう一方は「勝てば何でもいい」スタイルで、グローブに武器を仕込む、急所攻撃など何でもやる。しかもレフェリーがそれを止めてくれないとしたら…

これでは両者の元々の実力に大差がない場合、前者が圧倒的に不利なのは火を見るより明らかです。
議論の場でも同じようなことが言えます。主な理由は以下の通りです。
誠実な人が不利な理由その①
論点をすり替えたり、中身は薄いけれど相手が反論しにくい「正論っぽい言葉」で押し切ったり——そういうテクニックを使うことに、誠実な人は抵抗を感じます。建設的な議論にならないので避けてしまうのです。
逆に相手を言い負かすことだけを考えている人にとって、これらは有効な手段です。
論点ずらしの例 (クリックすると開きます)
①人の問題にすり替える(人格攻撃):
Aさん「この新事業案、リスクが大きいと思います」
Bさん「君っていつも否定から入る人だよね」
⇨提案の良し悪しの話が、いつのまにか”あなたの態度”の話に変わっている。
②お前だって返し:
Aさん「この資料、数字が間違ってます」
Bさん「君も先週ミスしてたじゃないか」
⇨指摘の内容とは関係のないマウント合戦になっている。
③主語を大きくする:
Aさん「私はこの案に不安です」
Bさん「みんなは納得してるけど?」
⇨構図が「多数 対 あなた」にすり替わり、それ以上言いにくくなる。
④揚げ足取り:
「いま絶対って言ったよね?絶対なんてあり得ないでしょ」
⇨言葉尻を捕まえて、本題を忘れさせる。
⑤そんなことより返し:
Aさん「納期が守られていません」
Bさん「それより今はコストでしょ」
⇨もっともらしい別テーマを持ち出して、今の問題から逃げる。
正論っぽい言葉の例 (クリックすると開きます)
社会人になると誰もが一度や二度(あるいは何度も)出くわす言葉たちです。
これらは場面・状況によっては「正論」にもなりますが、実際には相手の置かれた状況を無視して「相手を黙らせる便利な言葉」として多用されます。
相手を言い負かすのが得意な人は以下のようなフレーズをいくつも頭の中にストックしておいて、状況によって使い分けていたりします。
①「時間がない、というのは言い訳にならん」
②「結局は本人のやる気次第だよね」
③「みんな大変なのは一緒だよ」
④「社会人なんだから当然でしょ」「プロなんだから」
⇨問題点を掘り下げるよりも、精神論にすり替えてしまう。
⑤「ルールはルールだから」
⇨ルール自体が妥当か、という論点には答えていない。
⑥「常識的に考えてそうでしょ」「普通は〜」
⇨常識を持ち出すことによって、反対する人を「非常識な人」に感じさせる。
⑦「もっと相手の気持ちを考えなよ」
⇨特定の問題についての話を、気持ちの問題にすり替えて黙らせる。
上司が「正論っぽい言葉」を振りかざすと、部下は?
お気づきの方もいると思いますが、これらも論点のすり替えの一種です。
上司からこういう言い方をされたとき、部下の立場から「それは論点が違います」と反論するのは大変で、場合によっては自らの立場を危うくする可能性もあります。
したがって多くの場合、部下は「もういいや、言われた通りにしよう」と、冷めた気持ちになってしまうでしょう。
もしあなたが上司の立場で「部下のやる気を引き出したい」と本気で思うなら、このようなフレーズで相手の反論を封じるようなやり方は避けるべきです。

誠実な人が不利な理由その②
誠実な人は、過去の自分の言動や実績と無意識のうちに照らし合わせて、「自分にそれを言う資格があるだろうか」と考えてしまいます。反対に、自分のことをちゃっかりと棚に上げることが出来る人の方が、相手に対して攻撃的になり得ます。
あなたにそれを言う資格がある?の例 (クリックすると開きます)
①「勉強ができないやつはクズだ」
⇨勉強を頑張ったことがない親が子供に対して
②「売れない奴は気合が足らない」
⇨営業職の経験のない2代目社長が営業スタッフに対して
③「徹底調査すべき」
⇨政治スキャンダルを起こした政党に対して別の政党による追及。過去に自党で問題があった際の対応がどうだったかが問われる。
コラム:一貫性の原理とは
人には、一貫していたいという無意識の傾向があります。
例えば、友人に『日本車はドイツ車にまだ及ばないよ』と言ってしまった手前、その後ドイツ車が故障続きで維持費がかさむことが判明しても『いやいや、ドイツ車こそ本物だ』と自分に言い聞かせてまで乗り続ける、といったことがあります。
これは前言を撤回するほうが事実を認めるよりつらい、という心理によるものです。
誠実な人が不利な理由その③
誠実な人は「相手の言い分にも、聞くべきところがあれば聞こう」という姿勢で臨みます。この姿勢は「最初から相手の言い分を聞くつもりがなく、相手を論破することだけに集中している人」に対しては不利になります。
こういった理由により、誠実な人は誠実であるがゆえにハンデを背負って戦わされている、ということになります。
「話せば分かる」を疑ってみよう
ここで視点を変えて、そもそも「話せば分かる」という言葉について疑ってみることにします。
実は私たちの社会は、この言葉をそれほど信用していません。その証拠が、身の回りのあちこちにあります。
証拠その①交通事故
あなたが他の誰かと車をぶつけてしまったとします。
こちらはあなたが1人きり、相手側の車からは強面の人たちが何人も降りてきて、あなたを取り囲んで大声で怒鳴ってきたらどうでしょう?あるいは大声でなくても、早く口で理屈をまくしたてる、現役バリバリの弁護士だとしたら?
こういった場合、あなたは自分に不利な弁償の条件を承諾してしまうかもしれません。
そのようなことを避けるため、事故の当事者になってしまったら、真っ先に警察や保険会社に連絡を取るのが普通です。つまり「当事者だけの話し合いほど危ういものはない」と私たちは経験から知っているのです。
証拠その②大企業と零細企業の取引
大企業が下請けの零細企業に対して、無理な値下げを求めてきたとします。
零細企業側に「ウチには独自技術があるし、ウチの製品は引く手あまただ」という自信があれば、大企業との取引が無くなることを覚悟のうえで、値下げを断ることもできるかもしれません。
ですが、そうでないなら話し合いをする以前に、力関係で最初から結論は決まっています。
証拠その③大国の侵略
歴史を振り返っても、同じようなことが言えます。
領土拡大などの野心を持って攻めてきた大国を、小国が話し合いで撤退させた例は、ほとんど見当たらないはずです。
さらに、たとえ話し合いで「何月何日までに軍を撤退させる」などと決まったとしても、大国がそれを守る保証はありません。話し合いで決まったことを守らせるには「この約束を守らないと酷い目にあう」と相手に思わせるだけの力(例:他の大国との軍事同盟など)が必要です。
コラム:「話せば分かる」と「問答無用」
1932年(昭和7年)の五・一五事件。首相だった犬養毅は、踏み込んできた青年将校に向かって「話せば分かる」と言ったと伝えられます。返ってきた言葉は「問答無用」。
そして彼は撃たれました。
一方が対話を求め、もう一方がすでに力による解決を選んでいるとき、「話せば分かる」は届かない。対話そのものの限界を、これ以上ない形で示した出来事でした。
「話し合いの限界」から、人類が学んだこと
とはいえ、人類はとっくに「当事者だけの話し合いほど危ういものはない」という問題に気づいていました。だからこそ、当事者だけの話し合いに任せきりにしない仕組みが、いくつもあります。
仕組みその①会議の司会やファシリテーター
例えば会社で商品開発について会議をするとして、商品開発の実績はないがやたらと相手を論破するのが得意なAさんと、商品開発の実績豊富だが議論はあまり得意ではないBさんがいるとします。
ここで、Aさんが一方的にBさんをやり込めてしまうと、その会社の商品開発は停滞してしまうかもしれません。
そのようなことにならないよう、会議の交通整理をするのが司会者であったりファシリテーターの役割です。
仕組みその②議会などでの多数決
国や地方自治体の議会、会社の株主総会や役員総会などでは多数決で議案が可決されます。これも「論破した者勝ち」ではなく、「多くの支持を得た考えを採用」とすることで間違いを減らす工夫です。
仕組みその③裁判や第三者による仲裁
当事者の間に専門家を入れて判断させる仕組み、それを制度にまで高めたのが裁判です。
他にも、交通事故の場合に保険会社が間に入って処理する、戦争の際に第三国が仲裁に入るなど、「当事者だけの話し合いをあてにしない」工夫はいくつもあります。
つまり、話し合いや議論に限界があるのは大昔から分かっていたことで、だからこそ世界には様々な仕組みがあるのです。
コラム:「なんでも話し合いで解決する家庭」は、良い家庭か?
「ウチは何でも話し合って決める」というと健全に聞こえます。
でも、もしも話し合いで相手を言い負かすのがうまい人だけが得をしているとしたら、その家庭は実は弱肉強食の世界ということになります。
話し合いが健全に機能するためには、お互いが相手の言い分を聞く姿勢を持っていることが必要です。
「ブーメランが刺さった人」を、笑っている場合ではない?
過去の言動と矛盾したことを言った政治家等がいると、「ブーメランが刺さった」とネット上で話題になることが多々あります。
こういう人たちに対して、ネタとして笑っていればそれで良いのかというと少し違う気がします。その人たちは過去の自分と矛盾することを、なぜ平気で言えるのでしょうか?
1つの可能性として、その人たちは「議論に勝つためなら、過去に自分が言ったことと食い違っても構わない」と考えているからです。
ここで「誠実な人が不利な理由その②」を思い出してください。
誠実な人であれば発言の前に「こんなことを言う資格が、自分にはあるのか」と、無意識のうちに自分にブレーキをかけています。
一方、しょっちゅう「ブーメランが刺さった」と言われる人たちは、一貫性に縛られず相手を論破するために有効な論点は何でも使う、という姿勢を取っています。
したがって「この人たちは議論の場で手段を選ばない相手だ」という意味では警戒を怠らない方が得策でしょう。
実は「論破する側の人」も損をしている?
ところで、いつも言い負かす側にいる、つまり論破する側の人の話も、少しだけしておきます。
論破がうまい人は、たいてい「自分は相手を説得できている」と思っています。ですが相手が黙ったのは、納得したからではなく「この人と議論しても、どうせ言い負かされるだけだ」と諦めて、口をつぐんだだけの可能性が高いです。
これが続くと、周囲の人はこう考えます。
「○○さんには意見を言っても無駄。おとなしく従っておこう」
そうして、誰もあなたに本音を言わなくなる。反対意見も都合の悪い報告も、だんだん上がってこなくなります。
つまり、議論に勝ち続けた人が最後に座るのは、イエスマンに囲まれた「裸の王様」の椅子です。言い負かす力は、目の前の一勝を運んでくる代わりに、長い目で見れば「本当のことを教えてくれる人間関係」を奪っていきます。
他人を論破する人は、勝っているように見えて実は負けているのかもしれない。
これは言い負かす側の人にこそ、知っておいたほうがいい考えです。
あなたが議論に負けないための心得
それでは最後に、あなたの周囲に「相手を論破するのに手段を選ばない」タイプの人がいる場合はどう対処すれば良いのか考えてみます。
いちばん大切なのは、同じ土俵に上がらないことです。
論点をずらし、自分の言動との矛盾も気にせず、論破することだけに特化した相手を「まともな議論の相手」だと思ってはいけません。相手は最初からあなたの言い分を聞く気がないので、無意識のうちに自分にブレーキをかけてしまうあなたはどうしても不利です。
相手はこちらを殴りにきているのに自分だけ丸腰でのんびり構えていては、一方的に殴られ続けることになります。これは、最初に挙げた不公平なボクシングの試合の例と同じ構図です。
このため、これはまともな話し合いか、あるいは手段を選ばない戦いなのか、まずは見極めが必要です。
「これは手段を選ばない戦いだ」と分かったら取れる手は主に三つです。
まずはレフェリー(議長やファシリテーター、信頼できる第三者)を立てて、ちゃんとルールのある土俵に移す。これが一番健全です。
次にそれが無理な場合で、かつあなたにとって妥協しても良い案件であれば撤退する。そのうえで誠実な対話ができる相手とのやりとりにエネルギーを集中した方が、きっと生産的です。
最後に、ルールのある土俵へと穏便に移すこともできず、かつ、どうしても妥協できない案件であれば、裁判に訴えるなど、あなたも全力で戦うしかありません。
あなたの誠実さは決して弱さではありません。
ただ現実には誠実な話し合いが成立する相手と、通じない相手がいます。話し合いでの解決を過剰に期待せず、相手を冷静に見分けることが、無駄な消耗を避けることにつながります。
