仕事に対してやる気が出ない。新しい挑戦に自信が持てない。そんな悩みの背景には、「自己効力感」や「自己肯定感」の低さが関係しているかもしれません。
この2つの言葉は似ているようで、まったく異なる概念です。違いを端的に示すために、こんな会話を想像してみてください。
会話例
Aさん:「この資格試験、難しそうだけど、自分なら合格できる気がする」
→これは自己効力感(やればできるという課題に対する自信)
Bさん:「正直、合格するか不安だけど、失敗しても自分の価値が下がるわけじゃないよね」
→これは自己肯定感(存在そのものに対する価値の実感)
いかがでしょうか?
このように、
- 自己効力感は「能力や達成」に関する信念
- 自己肯定感は「存在や価値」に関する信念
それぞれを指します。そして、どちらも仕事のやりがいやモチベーションに大きく関わっています。
本記事では、それぞれの違いを深掘りしながら、どのようにして高めていけるのかを、心理学や行動経済学の視点から解説します。
自己効力感とは何か?
自己効力感(Self-Efficacy)とは、アメリカの心理学者バンデューラ氏によって提唱された概念で、
「自分には、特定の課題を達成できる力がある」
という信念のことを指します。
この信念は、単なる自信とは異なります。自己効力感は、「〇〇についてなら、私にはできる」という具体的な行動に対する実感です。たとえば、
「クライアントとの交渉なら任せて」
「Excelで資料を作るのは得意」
「営業目標を達成できる気がする」
といった、自分のスキルや経験をもとに「やれる」と思える感覚です。
仕事においては、自己効力感が高い人ほど新しい課題にも積極的に取り組み、途中で挫折しにくいと言われています。つまり、「できる気がする」という感覚が、実際の行動を引き出す原動力になるのです。
自己肯定感とは何か?
自己肯定感(Self-Esteem)とは、臨床心理学者の高垣忠一郎氏によって提唱された概念で
「自分の存在には価値がある」
と感じる感覚です。
成果や他人からの評価に関係なく、自分をありのままに受け入れられているという内的な感情がベースになります。
たとえば、
- ミスしてしまったけど、自分のことを好きなのは変わりない
- 誰かと比べなくても、自分は自分でいい
- どんなときでも、自分を信じていられる
といった状態が、自己肯定感が高い人の特徴です。
自己肯定感があると、失敗を必要以上に恐れず、失敗から学ぼうという姿勢を取りやすくなります。また、他人の評価に振り回されず、自分の価値を自分で決められるようになります。
自己効力感と自己肯定感の違い
この2つは混同されがちですが、実はまったく異なる心理的資源です。その違いを表にまとめてみました。
比較項目 | 自己効力感 | 自己肯定感 |
対象 | 特定の課題・行動 | 自分の存在全体 |
関連性 | 「できるかどうか」の感覚 | 「価値があるかどうか」の感覚 |
基づくもの | 経験・スキル・周囲の評価 | 自己受容・内面的な信念 |
役割 | モチベーション・挑戦への意欲 | 回復力・精神的安定 |
自己効力感が高くても、自己肯定感が低いと、「結果が出なければ自分に価値がない」と感じてしまい、自己否定につながることもあります。
逆に、自己肯定感があっても、自己効力感が低ければ、「やりたいけど、私には無理かも」と行動に移せない場合もあります。
もう一度、簡単な例を挙げてみると、
◆自己効力感が高くても自己肯定感が低いと…、
「結果が出なければ自分に価値がない」と感じてしまい自己否定につながることもあります。
⇒簡単な例:「私ならこれくらいできるはず。もし失敗するようなら私には存在価値がない」
問題点:結果至上主義・完璧主義につながり、燃え尽き症候群に至る危険がある。
◆自己肯定感が高くても自己効力感が低いと…、
「やってみたいけど、私には無理かも」と行動に移せない場合もあります。
⇒簡単な例:「自分のことは好きだけど、これはちょっと無理かも」
問題点:能力に自信がないことで、せっかくの機会を逃してしまう
理想は、両方がバランスよく育まれている状態です。
これらと混同しがちな「自己評価」の概念については、以下の記事をご覧ください。


自己効力感を高める方法
バンデューラ氏は、自己効力感を高める4つの方法を示しています。
(1)成功体験の積み重ね
「やったことがある」
「うまくいったことがある」
こういった記憶が自己効力感を確実に育てます。小さな目標を達成し続けることが、やがて大きな自信につながります。
(2)モデリング(代理経験)
他者の成功を見ることで、
「あの人にできるなら、自分にもできるかも」
と感じることがあります。ロールモデルの存在や、先輩の事例紹介は効果的です。
(3)言語的説得
上司や同僚からのポジティブなフィードバック、
「あなたならできるよ」
という言葉は、信念を強化します。ただし信頼関係が前提です。
(4)生理的・情緒的状態の管理
不安やストレスが強いと、「できる」と思えなくなります。メンタルケアや休息も、自己効力感を保つために重要です。
自己肯定感を高める方法
自己肯定感は、一朝一夕に高まるものではありませんが、日々の習慣や考え方の変化によって、少しずつ育てていくことが可能です。
(1)セルフコンパッション(自分への思いやり)
セルフコンパッションとは、自分が失敗したり苦しいときに、批判するのではなく「それでも私は私」と優しく受け止める姿勢のことです。
- 「誰にでも失敗はある」
- 「今はうまくいかなくても大丈夫」
- 「それでも自分には価値がある」
と自分に声をかけてあげることで、自己否定のスパイラルから抜け出しやすくなります。
(2)自己受容と自己理解
自己肯定感が低い人は、「理想の自分」と「今の自分」とのギャップに苦しみやすい傾向があります。まずは、自分の弱さや不完全さを否定せず、「こういう自分も自分なんだ」と受け入れることが出発点です。
- 強みと弱みを紙に書き出す
- 幼少期の価値観や体験を振り返る
- 自分のストレス傾向や反応パターンを知る
こうした自己理解のプロセスを通して、
「私はこういう人間で、これでいい」
と安心して言える土台が作られます。
(3)ポジティブな自己対話の習慣
私たちは日々、心の中で自分自身と対話をしています。
「また失敗した…」
「自分には無理だ」
こういったネガティブな独り言が習慣化すると、自己肯定感が削られていきます。
そこで意識したいのが、ポジティブな自己対話です。
- 「うまくいかなかったけど、チャレンジしたことが大事」
- 「以前より確実に成長している」
- 「誰かの役に立てている」
こうした言葉を意識的に使うだけでも、脳と心に良い影響を与えることがわかっています。
自己効力感・自己肯定感と、やりがい・モチベーションとの密接な関係
自己効力感と自己肯定感は、仕事におけるモチベーションや「やりがい」の土台となる重要な要素です。
自己効力感とやりがい
自己効力感が高い人は、
「これなら自分にもできる」
「もう少し頑張れば結果が出せる」
…という感覚を持てるため、日々の仕事に挑戦する意欲が湧きます。
成功体験がさらに自己効力感を高め、好循環が生まれるのです。
自己肯定感とモチベーション
自己肯定感が高い人は、
「失敗したらどうしよう」
「評価されなかったら自分には価値がない」
…このように考えてチャレンジを自体をやめる、ということがありません。
「失敗しても自分の価値は変わらない」と自然に思えることで、失敗に対する恐怖心が少なくなります。
両者の相乗効果
- 自己効力感が高まることで「やれる!」というエネルギーが生まれる
- 自己肯定感が高まることで「失敗しても大丈夫」という安心感が支えになる
この2つがそろうと、内発的モチベーション(やらされるのではなく、やりたいからやる)が持続しやすくなります。
心理学・行動経済学の視点から見る自己効力感と自己肯定感
この2つの概念は、心理学・行動経済学の理論と照らし合わせることで、より深く理解できます。
社会的学習理論(Social Learning Theory)
バンデューラ氏が提唱した社会的学習理論は、他者の行動や結果を観察し、学習が形成されるというものです。成功している人をロールモデルにすることで、「自分にもできるかも」という自己効力感が育ちやすくなります。
自己決定理論(Self-Determination Theory)
この理論では、
- 自律性: 自分で選んでいる感覚(自己決定)
- 有能感: 自己効力感に近い、「できる」という実感
- 関係性:他者とのつながり、承認欲求の充足
という3つの基本欲求が満たされると、内発的動機づけが高まり、人はより自発的に行動できるようになるとされます。
自己効力感・自己肯定感は、この3要素の中核をなす感情です。
内発的動機付け(Intrinsic Motivation)
報酬や評価といった外発的動機ではなく、「自分が楽しい」「もっと上達したい」といった内発的な動機づけは、自己効力感と自己肯定感の両方が揃ってこそ持続します。
自己効力感・自己肯定感を高めるための実践的アプローチ
自己効力感・自己肯定感を高めるには、自分1人でできることだけでなく、人からのフィードバックを積極的に受けることが効果的です。
SMART目標設定
- Specific:具体的な目標を設定すること
- Measurable:達成度合いを測定可能な指標で測ること
⇒悪い例「顧客満足を向上させる」
⇒良い例「顧客アンケートで、”良い”または”大変良い”の解答率を80%以上にする - Achievable:現実的に達成可能な目標を設定する
- Relevant:関連性がある
⇒例:営業部の目標を、全社の事業計画など上位目標とリンクしたものにする - Time-bound:期限が明確である
このように具体的な目標を設定することで、「達成感」を得やすくなり、自己効力感の積み上げに直結します。
フィードバックの活用
他者からの「よかった点」と「改善点」を分けて受け取るフィードバックは、自己認識の精度を高め、自己肯定感と自己効力感の両方に良い影響を与えます。
メンタリングとコーチング
経験豊富な人との定期的な対話は、自己効力感を支えるだけでなく、悩んでいるときに「それでも大丈夫だよ」と自己肯定感を回復する機会にもなります。
まとめ:自己効力感と自己肯定感を育む職場環境の重要性
仕事でやりがいやモチベーションを感じるには、「できる」という実感と「自分はこれでいい」という安心感の両立が必要です。それこそまさに、自己効力感と自己肯定感の力です。
両者を育てるためには個人の努力だけでなく、支援的な職場環境も不可欠です。安心して挑戦できる空気、互いを認め合う文化、失敗を許容する土壌がある職場は、自然と人が育ち、組織の活力も高まります。
あなたが周囲への働きかけが可能な立場であれば、こういった環境作りに率先して動いてみてはいかがでしょうか?
あるいは、今までは気づかなかった経営者や上司のそういった配慮について、本記事を読んだことで発見があるかもしれません。
よくある質問&疑問(FAQ)
本記事を最後までご覧頂き、誠にありがとうございます。
内容に関して、想定される疑問点およびその対処法についてFAQ形式でまとめました。