上司:「あいつ、全然やる気ないな。最近の若い奴は出世にも興味がないのか…」
若者:「この人、指示は曖昧だしフォローもない。あれを『上司』と言うならなりたくない」
企業の現場では、こんな小さな“すれ違い”が積み重なって、やがて大きな断絶へと発展することがあります。
一方は「出世したくない若者」。
もう一方は「ろくにマネジメントしない上司」。
どちらも“やる気がない”と一刀両断するのは簡単です。しかし、本当にそれで済ませて良いのでしょうか?
本記事では、それぞれの心理を紐解きながら、「対立」ではなく「理解と再設計」へのヒントを探っていきます。
若者はなぜ出世したくないのか?
昇進すれば、給料は上がるかもしれない。影響力も持てるかもしれない。
にもかかわらず、
「出世したくない」
「管理職にはなりたくない」
と答える若者が増えているそうです。
その理由は“わがまま”や”無責任”なのか、あるいは時代や社会にマッチした、理にかなった考え方なのでしょうか?
求める「価値」に違いがある?
まずは現代の若者の考え方の背景として
「物質的に不自由のない時代に生まれ育ったため、出世や収入増よりも精神的な満足感や心の充実を重視する傾向がある」
「現代の若者は、出世という形で会社から承認してもらうことを求めていない、むしろ承認されたくないとすら思っている(非承認欲求)」
という意見があります。
これらを考慮に入れつつ、出世を拒む若者の心の中で何が起きているかについて考えてみます。
責任回避バイアスと損失回避
出世すると、それに伴い得られるものがある反面、責任やストレスは増加します。
となると、
得られるもの < 負担やリスク
こう考えるのも、もちろん個人の自由です。
これは「責任回避バイアス」や「損失回避(Loss Aversion)」と呼ばれ、
人は得することよりも損を避けることに強く反応する
という行動経済学の法則です。
たとえば──
- 昇進すれば、トラブル時の責任を一手に引き受けることになる
- 部下の失敗によるクレームで、自分が矢面に立たされるかもしれない
- プライベートの時間が激減しそうだ
このような損をするイメージが頭の中で膨らんでしまうと
「やりたくない」
「今のままでいい」
という結論がいつのまにか正当化されてしまいます。
現状維持バイアス:変化より安定を好む心
「今の仕事に満足している」
「今の人間関係を変えたくない」
そんな声には、心理学でいう現状維持バイアス(Status Quo Bias)が働いています。
変化には不安がつきものなので、今の待遇に多少の不満があったとしても「変えることによるリスク」のほうが大きく見えてしまうのです。
現状維持バイアスは個人の心の中だけでなく、組織の場合でも起こります。例えば、社内を改革しようとすると、過去の成功事例にとらわれてそれに抵抗する人が現れる、といった具合です。
こうした際、改革に反対している人も悪気がある訳ではなく、バイアスの罠にはまっていることに自覚がないのが厄介な点です。
自己効力感の低さと昇進不安
「自分にはマネジメントは無理」
「人前で話すのが苦手」
「リーダーに向いていない」
こうした内面の声は、自己効力感(Self-Efficacy)の低さに起因しています。
バンデューラによれば、自己効力感とは「自分がある行動を効果的に遂行できるという信念」です。
つまり「やればできる」と自分を信じられるかどうか。
実力があっても「自信がない」ことでチャレンジを避け、結果的に出世を拒む──
こうした自己評価の低さは、もしかしたら新入社員の時にダメ出しばかりされ、その後のフォローが無かったことの名残なのかもしれません。
自己効力感および自己肯定感については、以下の記事もご覧ください。

ワークライフバランス志向と新時代の価値観
近年、働き方の価値観が大きく変わってきました。
「平日夜は自分の時間を確保したい」
「趣味を楽しみたい」
「家庭との両立を大切にしたい」
「副業で別の可能性を試したい:
こうした志向の高まりから、出世=時間的束縛や心的ストレスの増大と見なされるようになっています。
さらに現実的な側面として、
- 出世しても給与が大きく増えるとは限らない
- 残業代がつかない
- 業務量が激増する
といった、報酬と負担のアンバランスも無視できません。
加えて、近年はインターネットを介した副業・複業の可能性が広がりつつあるため、
「出世して実働時間が増えるより、今のまま自由度の高い立場で副業に取り組んだ方が得」
と判断する人も少なくありません。
出世拒否も、「他にもっと大事な価値を持っている」という視点からは前向きな選択とみなすこともできます。
マネジメントできない上司の実態
次に上司の側に視点を移してみます。
若者に
「あんな上司にはなりたい!」
または
「ああはなりたくない…」
そう思わせる上司とは、どのような存在なのでしょうか?
ここでは、心理学的視点も交えながら、「マネジメントを理解していない上司」の具体像をイメージしてみます。
育ててもらってないし育てる気もない? 組織の「人材育成放棄」
ここから先を読むと、「ひどい上司ばかり出てくるな」と思うかもしれません。ただ、そういう上司が生まれてしまったのは個人の資質ではなく組織構造の問題かもしれない、ということをあらかじめ書いておきます。
つまり──
- 営業成績が良かった者を半自動的にリーダー・マネージャーに昇進させる
(管理職としての適性は検討されてない) - 管理職としての研修は特に行わない
- マネジメントスキルは本人の努力で身につけるのが当然とみなされている
つまり、そもそも会社側に「マネージャーを育てる」という意識が欠けているため、新しくマネージャーになった者も「自分も育ててもらったわけじゃないし、部下を育てるのに労力を割きたくない」という発想になりがちです。
つまり組織の中にマネージャーとして育てる仕組みが無いことが
「ああはなりたくない」
と、若者に思われるような上司誕生の背景とも言えます。
ダニング=クルーガー効果:無能なのに自信満々な上司
「若い世代が育たないのは、本人のやる気・能力が足りないから」
このような発言の裏には
「自分はちゃんと『上司』をやっている」
という前提が隠れています。
ダニング=クルーガー効果とは、能力が低い人ほど自分の能力を過大評価する心理的傾向を指します。
つまり、本来はマネジメントスキルが低いにもかかわらず、それに気づかない上司のことです。
- 部下の意見を聞かない
- 部下に裁量を与えない
- 成果を「自分の手柄」として上層部に報告する
- 指導と称して威圧的に叱責する
これらは、自信だけはある“未熟な上司”が持つ典型的な特徴です。
なお、自己評価が高すぎる上司については以下の記事もごらんください。

自己中心性的で責任転嫁する上司
多くの職場で見られるのが、自己中心性バイアスを持つ上司です。
- 部下のせいで失敗した
- 自分はプレイングマネージャーなので、部下の指導より自分の営業活動を優先した
- 部下が、こちらの言いたいことを察しないのが問題
このように、問題が起きたときに“外部に責任を押しつける傾向は、責任転嫁バイアス(Blame Shifting Bias)とも呼ばれます。
上司のこうした態度は、部下の心理的安全性を著しく損ね、挑戦や改善を妨げる原因になります。
指示が曖昧なのに、細かく干渉する上司
さらに若手社員を混乱させるのが、言っていることが曖昧な上司です。
- 「なる早」でやっといて
- いい感じにまとめといて
- 先方と上手くやっておいて
こうした指示は、責任や権限の所在が曖昧なまま業務が進むため、部下は不安と混乱の中で仕事を強いられることになります。
一方で、実行段階になると細かく口出しし、マイクロマネジメントに陥るケースも見受けられます。
- 業務の手順に逐一介入
- 自分でやった方が早いと手を出す
- ミスを責め立て、再発防止より感情的な叱責
このような態度は、部下の自律性と信頼関係を破壊します。結果として、「あのポジションにはなりたくない」と感じさせるのです。
権威を振りかざし、心理的安全性を破壊する上司
「俺の言うことを聞け」
「やる気がないなら辞めろ」
──そんな昭和型の叱責がまだ残る職場もあります。
これは、権威主義的リーダーシップの典型であり、威圧・支配的な態度で部下を動かそうとするスタイルです。
しかし、そうしたやり方は心理的安全性を破壊し、部下の創造性や自発性を奪う可能性が高いです。
上司が怖いからとりあえず黙って従っておこう
⇒本音が言えないから失敗も報告されない、アイデアも出ない
当然、このような職場では若手を含む部下のモチベーションが低下してしまいます。
「社会的証明の誤用」により悪習を模倣する上司
「前の上司もこうだった」
「うちの部は昔からこういうやり方だ」
こうした言い訳に象徴されるのが、社会的証明の誤用です。
他者の行動を“正しい”と見なす心理は時に有効ですが、時代遅れのマネジメントスタイルを疑わずに踏襲することは、進化を止めることにもなります。
- パワハラまがいの指導を伝統と称して継承
- 成果至上主義のあまり、チームメンバー全員が自分の成績にしか興味が無い
- ”定時に帰るのはダメなやつ”という価値観を押しつける
これでは、若手は「こんな風になりたくない」と感じて当然です。
経営者は評価制度の見直しを
ここまで「問題のある上司」の類型を挙げてみました。ただし、この章の最初に書いたように、真の問題は上司個人の資質よりも組織のあり方だと思われます。
- リーダー・マネージャーを育てる仕組み出来ているか
- その役割を果たしている者が正当に評価されているか
この辺りを経営者は見直してみるべきではないでしょうか?もしかしたら誠実に職務を果たしている人が「自分は評価されていない」と考え、離職を検討し始めているかもしれません。

出世しない選択は本当に“逃げ”なのか?
次に年齢問わず、これからの時代の働き方について考えてみます。
昭和から平成初期までの日本企業では、
昇進=努力した証
と見なされてきました。
しかし現代は、組織も社会も変化し、成功の定義がひとつではなくなっています。
そこで改めて「出世しないこと=逃げ」なのかどうかを問い直し、キャリアの多様性という観点から考えてみましょう。
「出世=正解」という時代の終焉
かつては、組織のヒエラルキーにおいて“上へ行く”ことこそが正義であり、評価の対象でした。
- 年功序列に従ってポジションが用意されていた
- 管理職になれば給料が上がり、社会的信用も増す
- 「家庭を犠牲にして働く」が当たり前の美徳
しかし、現代はこれらの前提が崩れています。
- 組織のフラット化によって管理職ポストが限られている
- 昇進しても収入が劇的に増えるわけではない
- 働き方改革によって「働きすぎ=評価される」構造が揺らいでいる
こうした変化のなかでは、
「出世コースに乗ることが最適解とは言えない」
という考えも間違いとは言えません。
専門職志向・プロフェッショナル化
もう一つの大きな流れが、マネジメント職よりも専門性を磨く道を選ぶ人の増加です。
- エンジニア、デザイナー、研究者、データサイエンティスト…
- 実務に深く関わりながら第一線で活躍する「スペシャリスト志向」
- 長期的にスキルを蓄積し、価値を高めていく働き方
日本では「管理職にならない=出世を諦めた人」と見なされがちです。一方、欧米では「ダブルラダー制(マネジメントか専門職かの二択制度)」として浸透しているようです。
専門性を高めることには、副業・起業・業務委託といった社外での選択肢の広がりという副次的メリットもあります。
管理職になれば、社内では権限が増えるかもしれませんが、その分「時間の自由」は失われがちです。
それならば「あえて出世せず、専門性を高めて外に活かす」方が、経済的にも精神的にも豊かになれるという見方も成り立ちます。
むしろ若者の方が主体的なのかも
ここまで考えてみると、現代の若者たちが出世を望まないことを、単なる“無気力”や“責任回避”と決めつけることはできません。
- 家庭とのバランスを大切にしたい
- 自分の時間と自由を守りたい
- 上司のような働き方をしたくない
- 専門分野で力を発揮し続けたい
- 社内に留まらず、自分の市場価値を高めたい
これらの考え一つ一つに正当性があります。
会社の都合や希望に流されずにキャリアを考えているとすれば、むしろ現代の若者の方が上の世代よりも自分の人生を主体的に設計している、という見方も可能です。
若者と上司の対立をどう乗り越えるか?
これまで見てきたように「出世したくない若者」と「マネジメントしない上司」の間には、価値観・認識・行動様式の違いが深く横たわっています。
これを、
「考え方は人それぞれ」
と放置してしまうと、今度は組織の成長が停滞してしまいます。
そこで、世代を超えた健全な関係性をどう築くべきか、心理学的な視点から考えてみます。
心理的安全性の再構築
まず、職場における心理的安全性(Psychological Safety)の確保は、あらゆる課題解決の出発点です。
これは「自分の意見を言っても罰されない」「頭ごなしに否定されない」という安心感のこと。Google社の研究では、高パフォーマンスを発揮するチームの共通点は心理的安全性の高さだったと報告されています。
逆に「感情的に叱責する上司」や「責任を押し付ける文化」がはびこっている職場では、若手が意見を出すことを躊躇し、成長の機会を逃してしまいます。
一朝一夕には無理でも、意見の相違を前向きな議論へと変えていける企業文化を構築していくことが大切です。
「今どきの上司」に求められるマネジメントとは?
若者を始めとした部下と信頼関係を築くために、上司側に求められるのは「指示を出す力」ではなく、関係性を育む力です。特に、ある分野については部下の方が詳しいといった場合、上司 ⇒ 部下のように一方的な指示はできません。その為なおさら関係性が重要になります。
- 意見を聴く力(傾聴)
- 行動を引き出す問いかけ(コーチング)
- 定期的な1on1の実施
- 目的や背景を共有するコミュニケーション
- ミスを咎めるのではなく、学びの機会とする姿勢
こうしたスキルは、「人を動かす」よりも「人が動きたくなる関係性をつくる」ことに主眼があります。
さらに上司自身が他人から学ぶという意思を示すことで、若手は「この人のもとでなら頑張れる」と感じるようになるのではないでしょうか?
言ってしまえば若者が出世を望むかどうかは本人の自由です。しかし上司の在り方によっては、若者の考え方に少なからず影響を与えることができるはずです。
若者側にも必要な「言語化」
一方で若手側も、もの言わずに退職してしまう前に建設的な対話をする努力が必要かもしれません。
- なぜ出世したくないのか
- 何を重視して働きたいのか
- 将来どうなりたいのか
- 上司にどんな関わりを求めているのか
こうした自分の考えを整理し、攻撃的にならず丁寧に言語化して伝える…
例えば――
「管理職としての責任感や姿勢は尊敬しています。ただ、私はもう少し専門性を深める方向でキャリアを積みたいと考えています」
すぐには受け入れられないかもしれませんが、こういった自己表現ができれば、いずれは組織の中で自分の居場所を確立できる可能性があります。
まとめと今後の働き方に向けて
「出世したくない若者」と「マネジメントしない上司」。
この構図は、やる気の有無の問題ではなく、時代背景や価値観の違いに起因しています。
若者も上司も、これからの時代に合った生き方を模索している点は変わりありません。
「自分の方こそ正しくて、相手が間違っている」
安易にそう決めつけることなく、心理的安全性と対話の文化を築くことができれば、組織の成長にもつながる可能性があります。
よくある質問&疑問(FAQ)
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内容に関して、想定される疑問点およびその対処法についてFAQ形式でまとめました。