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このシリーズ「新入社員、○○に出会う」は、新入社員が職場で遭遇する出来事や、ちょっと困った上司・先輩とのやりとりを、実体験風のショートストーリーでお届けする連載です。
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各話あたり3分程度で読めるボリュームで、モヤモヤの正体や対処法については後半でちょっとだけ解説します。
第5話は、重要だけどつかみどころがない「言葉にならないコツ」についてです。
なにかが違うけど、なにが違うかは分からない
入社2週目、僕らは電話対応の実践練習をすることになった。
「クレームっぽい電話がきたら、まずこう、ワンクッション置く感じで受けるといいよ」
先輩がそう言いながら、実際に一本、電話を取ってみせてくれた。
「はい、ご指摘いただきありがとうございます。〇〇の件でございますね……」
……なるほど、すごく自然だ。相手の声のトーンが、みるみる落ち着いていくのが分かる。
「な、こんな感じ」
「こんな感じ」と言われても、よく(全く)分からなかったので、僕は質問してみた。
「あの、今のって具体的にどういう……」
「うーんと、なんかこう、相手の温度に合わせるっていうか、最初にちょっと共感入れる、みたいな?」
……ちょっと共感、みたいな?
その後にかかってきた電話を僕が取った。クレームとまではいかないけど、先方は不機嫌なようだった。
「はい、承知いたしました。ご指摘の件でございますね」
自分では、先輩の真似をしたつもりだった。だが電話の主の不機嫌度が低下する様子はない。
全身に冷や汗が流れるの感じながら、何とか通話は終了。僕が電話を切ったあと、先輩ポツリと言った。
「うーん、なんか、違うんだよなぁ」
その「なんか」ってやつをもっと具体的に教えてください。そうでないと、この時間がなんのためにあるのか分かりませんよ。
パッと見て分かる方が、見ても分からないよりは良いことくらいは分かる
数日後、今度は資料の体裁について指導を受けた。
「ここはもうちょっと、こう、見やすい感じにして」
「見やすい、というと……」
「なんかこう、パッと見て分かる感じ?」
手元のメモに「パッと見て分かる感じ」と書いてはみたものの、このメモが役に立つことは恐らくないだろう。
いくら僕だって、そのくらいは分かる。
ポイント解説:暗黙知とは
言葉で説明するのが難しい、経験によって体に染み付いた知識やコツのことを「暗黙知」と呼びます。
「ちょっと共感を入れる」
「パッと見て分かる感じ」
先輩が伝えようとしている、これらのコツも暗黙知の一種です。昔ながらの職人が「技術は見て盗め」のような言い方をするのも、言葉にするのが難しい部分にこそ、その仕事の真髄のようなものがあるからだと考えられます。
とはいえ現代では
「暗黙知だから伝わらなくても仕方ない、新人が自分なりに身に付けるのを待とう」
などと気長に構えているわけにはいきません。競争が激しい分野ほど、人材育成が下手な組織はライバル組織に打ち負かされてしまうからです。
暗黙知は伝えるのが難しいといっても、きちんと手間をかけて
- 具体例なマニュアルを作る(言語化または数値化)
- イラストや図解で示す
- お手本を動画に残す
などにより、少なくとも本人の努力任せにするよりは早く習得が可能なはずです。
ただ、教育係の先輩が自分の仕事をこなしながらマニュアルまで作成するとなると大変です。人材育成の負担が特定の個人にのしかかることがないように、組織として考えていく必要があります。
悪いのは誰だ?
僕は、ここ1週間くらいのメモを見返してみた。
「ちょっと」「パッと」「~みたいな感じで」「~といった体(てい)で」等々、曖昧な日本語がずらりと並ぶ。
これは果たして
- 先輩が悪い
- 先輩の意図を汲み取れない僕が悪い
- こんな意味不明な表現がある日本語が悪い
いずれなのだろうか?
とにかく、次から先輩に何か教わるときは、「それって具体的にはどういうことですか」と、もう一段掘り下げて聞いてみよう。
面倒な後輩だと思われるかもしれないけど、いずれ自分が教える立場になった時にきっと役立つはずだ。
